「人生にはその季節ごとに「愛の育み方」がある」

松下 信武 Nobutake Matsushita

ゾム代表

 今回お話を伺ったのは、心理学の研究者であり、エグゼクティブ&メンタルコーチとして国内外で活躍される、ゾム代表の松下信武さん。長年の心理学の研究で培われた深い見識と、先生ご自身が持つ温かな人間愛でもって、多くの名立たる企業の組織変革や人材育成を手掛けてこられました。

 また、スポーツ界でのご活躍も目覚しく、スピードスケート代表選手団のメンタルコーチとして、バンクーバーオリンピックのメダル獲得にも貢献されています。

 関西ご出身ならではの気さくで大らかなお人柄で、多くの企業経営者やビジネスパーソン、アスリートたちから親しまれている松下先生。今回は、様々な組織を見てこられた豊富なご経験をもとに、経営者やビジネスリーダーへ、あるいは若手のビジネスパーソンに向けて、「愛ある生き方・働き方とは何か?」についてじっくりと語っていただきました。


インタビュー 2014年10月15日

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●人は過去を思い出して生きるのではなく、未来に生きなくてはならない


 最近、しばらく離れていたユングの心理学を再び深める機会に恵まれまして、改めて彼の考えやその言葉の数々に感銘を受けるようになりました。特にユングは、人の一生を太陽の運行になぞらえ、青年期、中年期、老年期といった人生のステージごとに、より良く生きるためのヒントを教えてくれているんですね。

 そんな私はと言うと、70歳になりますので、ちょうど日が沈む前の老年期にさしかかる年代。このような高年齢になりますと、身体も脳も以前の若いころのようには働かなくなってきて、特に記憶力や判断力といった思考の衰えは顕著になってきます。

 そこで何が起きてくるかと言いますと、生まれてから成人するまでの成長過程で、親や周りの意見に反応することによって(親や周りに合わせて)作り上げられてきた、「自分という意識」が弱くなり、逆に「無意識」の部分が復活してきます。すると、無意識層に眠っていた、子どものころ叶えたかった夢や希望、こう生きたいという想いが再び湧きやすくなるのです。

 よく、定年退職した人が第二の人生として、昔からやってみたかったことに挑戦したら活き活きし始めた、などという話を耳にしますが、それはこんな理由も大きいのかもしれません。

 もちろん、昔を思い出して、当時のあどけなかった夢を追いかけることも素晴らしい生き方なのですが、一方でユングはこのようなことを言っています。
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 「人は過去を思い出して生きるのではなく、未来に生きなくてはならない」と。

 人生も終盤戦の人にとって、未来にあるものは何でしょうか?

 それは紛れもなく「死」です。

 近い将来、確実にやって来る、その未来に向けて、自分はどう生きるのか?
 「死」というものをどう迎えていくのか? そのことをよく考えなさい、とユングは言っているんですね。

 ただ、ユングが考えていたことは、「死」という言葉で表現するよりも、「永遠」という言葉で表現したほうがよいかもしれません。死後の世界があると信じている人にとっても、そのような世界はないと信じている人にとっても、永遠の世界に、私たちは入っていくことに違いはありません。
 私たちの未来には、永遠があります。永遠の世界を前にして、最も大切なのは、お金でも名誉でもなく、「愛」であるとも言っています。仏教の言葉で言えば、「慈悲」です。

 若いときに、自分自身の社会的な成功を追い求めるのは、気概があって良いとは思うのですが、さすがに中年期を超え、老年期に入ってからも、自分の願望や欲求を満たすために突き進むことは、決して尊敬できる生き方とは言えません。その生き方を続けていけば、味わいと瑞々しさのない、枯れた人生になってしまいます。
 私も多くの経営者の方とお会いしてきましたが、成果だけを追い求めるハイリスク・ハイリターンの経営を長年されている人のお話を聴くと、もはやピンと来なくなってきているのが正直なところです。


未来に確実にやってくる「死」に向かって、「愛と慈悲」を携えて生きる。その生き方は、たとえ肉体や思考は衰えたとしても、生命(いのち)はますます輝きを放てるはずです。そんな生きるヒントを教えてくれたユングの言葉は、私にとっても、深く問い直させられるものとなりました。


●愛とは本来与えるものであって、受け取るものではない

 では、愛とは何か? この問いについては、ドイツの社会心理学者であるエーリッヒ・フロムが『愛するということ』という本の中で書いていますが、その中で「愛とは能動的な活動であり、受動的なものではない」と伝えています。

 そう、愛というのは、本来与えるものであって、受け取るものではないんですね。

 彼の有名な言葉の中に、「現代人は愛されることばかり考えている。愛することをもっと考えてやれ」という一節がありますが、そのことを考えたときに、愛というものは、直接的にも間接的にも周りの人々が幸せになるために、自分が何をできるか?を考え、実行することなのだと理解したんですね。
 それを言うと、たちまちうちの妻が怒り出して、「あなたは愛があるの?」と言われそうですが……(笑)。まぁ、仲はいいんですけどね。でも、私自身、やっぱりそうだなと思うのです。

 もし経営者の方で、私のような年代に近づいているのであれば、もう自身の成功や利益を追い求めるような生き方は終わりにされたほうがいい。特に55歳を過ぎた頃からは、そろそろ「自分自身がこの人生を生きていて良かったなぁ」と思える生き方を見つめ、シフトしていったほうがいいでしょう。
 それは私自身で言うならば、少なくとも「自分の周りの人が幸せになるために、本当の生きがいを感じられるようなサポートをすること」です。それが残りの人生で私が果たしたいと思う「愛する生き方」ですね。

 経営者の方にとっては、周囲の身近な存在と言えば、社員ですから、まずは社員の人たちがどうしたら幸せになれるか?について考えられるといいと思います。企業のリーダーの方であれば、自分の部下の人たちですね。特に経営者やビジネスリーダーは多忙を極めるので、そのことを深く考える時間はないかもしれませんが、なんらかの形で自己との対話、人との対話を通して深めていただく必要があるだろうと思います。


●安易な人員削減は経営者の魂を傷つける 

 では、社員や部下を幸せにするのにはどうしたら良いのか?という問いについては、会社ですから、報酬を通して、仕事を通して、サポートすることになりますよね。
 ここからは私の持論になるのですが、報酬の源は利益ですから、利益はやはり上げなくてはいけません。利益を上げることが、社員の生活の向上はもちろん、より働きやすい環境や新しいビジネスにチャレンジできる環境を提供することにつながります。

 その利益を生み出す源泉は、人員削減ではなく、創造的な経営をしていくことだと考えます。
 よく「綺麗事言うな!」と言われるんですが、それでも私自身が強く言いたいのは「人員削減は今や経営手段ではない」ということなのです。なぜなら、あれほど愛することと反する行為はないのですから……。

 というのも、実は98年から03年まで再就職支援の仕事をしていたことがありまして、その際にリストラされた人がどれだけの痛みや苦しみを味わったのか、その後どんな人生を歩むこととなったのか、現場を目の当たりにしてまざまざと実感したんですね。

 確かに経営側も苦渋の決断なのはわかりますが、やはり人を切るという行為は一時的に利益が出たとしても、会社全体としてプラスを生むとは考えられません。むしろ会社全体としても、個人の人生にとっても、大きなマイナスを生むと言っても過言ではないでしょう。

 そうした行為をユングは「魂を傷つけることだ」と言っています。魂を傷つける行為は、相手だけではなく、自分自身が死を迎えたときに「後悔」という苦しみを生みます。だからこそ「安易に人員削減を行うことは経営者自身の魂を傷つけますよ」と言いたいのです。


●逆境のときこそ問われる、経営者の底力


 リストラをせずに会社を立て直すことは、確かに至難の技です。経営者の底力と創造性が問われます。
 既存の商品やサービスを見直し、差別化し、圧倒的に価値の高いモノを生み出す。そして、社内的にも社員が喜んで働けるような仕組みに作り直す。そこを真剣に考えていかないと会社は絶対に良くならないのです。
 経営者は皆、「真剣に考えている」と言いますが、私にはそうは見えない。なぜなら、「どんな商品をつくりたいか?」と全員に意見を聴いて回っているようではダメなんですね。折衷案になり、結局どちらつかずのメッセージ性の弱い商品になってしまう。世界を変えるような、とんがった商品は、合意ではなかなか生まれないと思うのです。

DSC04865.JPG そこで必要となってくるのが、経営者の独創性と全責任を負うという覚悟です。安易な方向で解決しようとするのではなく、もっと良い方法はないか、もっと良い商品やビジネスモデルを作れないか、経営者自らが逃げずに向き合い、導いていってこそ、本物の経営だと私は思うんですね。

 また、会社として株主に対する配当を怠ってはいけないとは思いますが、中にはアメリカ式に株主にどんどん配当している企業も見受けられます。
 利益というのは、将来のリスクに備えるという意味もありますから、そのように配当しすぎることで、もし今後経営が傾いたときに耐えられるのか?という懸念もあります。
 それであなたが大切にしている社員を守れますか?と、問いたくなりますね。

 株主よりも、まず一緒に働く社員、そして関わる取引先を大切に想い、その人たちが本当に良い人生を送れるために全力投球されるほうが私は良いと思うのですが、いかがでしょうか。

●若い世代に多く見られる「傷つくことへの恐れ」


 さて、これまで年齢を重ねた経営者やビジネスリーダーに向けて、愛に基づく経営や生き方についてお話してきましたが、一方、若い方たちに向けても私がお伝えできることがあるのかなと思っています。

 というのも、私自身、大学で感情心理学を学んでおりまして、そうした研究過程で若い研究者たちと共同作業をしたり、また日々のコーチングなどでも若手の方たちとお話する機会が度々あるんですね。

 彼らは優秀であり、情報収集をするにも、何か資料を作成するにも非常に的確であり、美しくまとめることにも長けています。
 しかし、本人の考えについて、さらにもう一歩踏み込んだ質問や投げ掛けをしようとすると、途端に心の扉が閉じられ、連絡が滞ってしまう、などというケースもあります。となると、共同作業をするにも、なかなか難しい状況になってしまいます。

 彼らと話をしてみて思うのは、「傷つくことへの恐れが強いのではないか?」ということです。
 お互い傷つかないように、表面的な会話だけでなんとか関係を良好にしようとする。相手にこう言ったら嫌われるのではないか、逆にこう言ったら気に入られるのではないかと、常に相手を窺うようなコミュニケーションになってしまっているんですね。

 そのせいか、本音でぶつけ合うような対話のシーンになるとその場を避けようとしたり、相手からも距離を置きたくなってしまうのかもしれません。
 本来は、相手ととことん話し合って、ぶつかり合ってこそ、研究やビジネスの場で新たなもの、より良いものが築き上げられるはずなのですが、彼らにとってそこを突破するのは、なかなか厳しいもののようです。



●主役よりも、脇役を経験するといい。人としての愛を育める

その原因の一つとして、やはりインターネットの影響が大きいと考えられます。若い世代の多くは、ネット上やメールでの会話を中心にコミュニケーションを重ねてきたため、生身の「人対人のぶつかり合い」でお互いに傷つけたり、傷つけられたりというプロセスをほとんど経験していません。

 でも、どうでしょう? 本当に相手と絆を深めるためには、愛するためには、傷つくことを避けては通れないのではないでしょうか。

 また、最近では自分でメディアを持ち、自身の想いや考え、プライベートなども情報公開することが可能となりました。相手がどう思うか、感じるかはともかく、自分発信の情報を展開したり、アピールしたりすることで、常に「自分が主役」という感覚に陥りがちです。
 すると、何が起きてくるかと言うと、相手の状況や立場を想像し、「自分が脇役となって相手を支える」という意識が乏しくなっていくんですね。


 脇役となって、人を幸せにできるかどうか? 愛せるかどうか?
 もちろん主役になることも大切なのですが、脇役はぜひ意識的にでも経験されたほうが、人として愛を育むことにつながると思います。

 また、脇役として相手を幸せにすることで、自分事だけでは感じられない大きな幸せや愛を受け取れることができる――。私は、そう思うのです。



●相手を幸せにするために必要なのは「問題意識を持って観察すること」

 そのためにどんな姿勢が必要かというと、「相手や状況をよく観察すること」です。
 もっと言うと、ただぼんやり見るのではなく、「問題意識を持って見つめること」が大切なんですね。

 例えば、こんなエピソードがあります。
 私は、高校野球部のメンタルコーチもしているのですが、ある野球部で、「盗塁」の練習を見ていると、選手たちは何度走っても、なかなか盗塁がうまく行かなかったんですね。そこで、彼らに「盗塁する時、どこを見ているのか?」と尋ねてみると、「監督のサインを見て、『走れ』と言われたら、走る」と言うんです。

 でも、私は「それではあかん。見るのは絶対、ピッチャーとキャッチャーやで」と伝え、ベンチにいる選手たちと、マウンドで投げている投手の観察を始めました。
 これはプロ野球の盗塁王が言っていたことなのですが、ピッチャーで見なければいけないところは、投球動作に入る時の動きです。
 その時投げていた投手は、本塁への投球をし始めると、肩から背中にかけてのユニフォームにしわがよるのですが、一塁牽制の時はしわが見えません。そこを見ておくと、牽制するかどうかが予測できます。なので、「しわが見えたらスタートを切れ!」とアドバイスしたんですね。

 確かに、そうやって走ってもらうと、二歩ぐらい早く走れるようになりました。やっぱりプロの視点はすごいなと感心しましたが、「観察」ってそういうものだと思うんですよね。
 どうしたらこの課題をクリアできるのか、そのために何が必要なのか、問題意識を持って見ることで、より良い変化や改善につながるのです。

 それは人に対する接し方でも同じです。ただ相手を見つめるのではなく、その人がどういう人で、どんなことに困っているのか、それに対して今、何が必要なのかをじっくり観察しながらサポートしていく。それが本当の意味で、相手を支え、幸せにすることに役立つと思うんです。
 若い世代の人たちにはぜひそうした姿勢を取り入れてもらうと、人との関わりや深まりが増していくのではないか?と考えます。



●年代や立場によって、愛の育み方や表し方は変わってくる

 私自身は年代によっても、立場によっても、人としての愛の育み方や表し方は変わってくると感じています。ある程度の年齢を重ねた経営者やリーダーならば、まずその先にある「死」というものをしっかり見つめる。
「死」について考えを深めていくと、生きるとは何か、本当の愛や慈悲とは何かという問いが当然湧いて出てきます。そうすると、自分だけではなく、社員や部下のために、会社や社会全体のために真剣に生きざるを得なくなるんですね。
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 死ぬ時に「この人生を生きて良かった」と思えるような未来をベースに、経営やマネジメントあるいは、残りの自分の人生をまっとうしていく。これは私自身にも言えることで、今も模索している最中です。

 一方、若い人に対しては、先ほどもお伝えしましたが、傷つくことへの恐れを超え、勇気を出して人と関わってほしいということ。そして、主役だけじゃなく、脇役となって相手を支える経験も大切にしていただきたいということです。

 そうすることで、人生がより愛に満ちた豊かなものへと変化していくと確信しています。


  • (取材・文/伯耆原良子)
【松下信武プロフィール】
1944年大阪生まれ。京都大学経済学部を卒業後、三洋化成工業株式会社に入社。同社人事課を経て、73年に家業の大和ガス器具販売の社長を務める。その後、京都大学教育学部でユング心理学など心理学や教育学を学ぶ。ベルシステム24執行役員・総合研究所所長などを歴任し、07年~10年まで獨協大学経済学部特任教授も務める。現在はゾム代表。専門分野は情動心理学。近年は、主に経営層や上級管理職にコーチングを行うほか、日本電産サンキョー・スケート部メンタルコーチとして冬季オリンピックにも参加するなどスポーツ界でも活躍。「凡人が一流になる『ねたみ力』」(ソフトバンク新書)、「『感じが悪い人』は、なぜ感じが悪いのか? 人生に成功する7つのSYAコミュニケーション 」(講談社+α新書)など、著書多数。

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